2026.04.24
5月

令和8年(2026)5月1日 富山「高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)」です。

■5月1日「高岡御車山祭」です。■

富山県北西部の高岡市で毎年5月1日に執り行なわれる「高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)」は、「高岡関野神社(たかおかせきのじんじゃ)」の春季例大祭です。慶長14年(1609)に加賀藩初代藩主「前田利長(まえだとしなが)」が高岡に城を築いて町を開いた折、城下の町民に与えた「御所車(ごしょぐるま)」を祭礼の山車として奉曳きしたのが始まりと伝わります。

慶長9年(1604)、加賀金沢藩の射水郡水戸田(いみずぐんみとだ)の真言密教の古刹「熊野山密蔵寺(みつぞうじ)」より分霊して「熊野宮」と称したのが「高岡関野神社」の始まりです。旧社格は県社で、別名「高の宮(たかのみや)」。「関野神社」とも呼ばれます。

現在、同一の境内で、3つの本殿に祭神が祀られています。
・神明社 …… 國常立尊(くにのとこたちのみこと)、保食神(うけもちのかみ)、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、三毛入命(みけいりののみこと)
・熊野社 …… 伊弉冉尊(いざなみのみこと)、事解男命(ことさかのおのみこと)、速玉男命(はやたまのおのみこと)
 相殿 …… 素盞嗚命(すさのおのみこと)、軻遇突智(かぐつち)
・稲荷社 …… 倉稲魂命(うかのみたまのみこと、稲荷大神)、菅原道真公、前田利長公

江戸時代までは「加久彌神社(神明社)」「関野神社(熊野社)」「高岡神社(稲荷社)」の3社をあわせて「関野三社」と呼ばれていました。

◆高岡御車山祭

「豊臣秀吉(とよとみひでよし)」が権力を掌握したころ、天正16年(1588)、秀吉は京都の「聚楽第(じゅらくだい)」「後陽成天皇(ごようぜいてんのう)」の行幸を仰ぎ、華々しく饗応しました。聚楽第行幸に使われた「御所車」が、五大老のひとりで加賀百万石の祖「前田利家(まえだとしいえ)」に下賜され、前田家2代利長が高岡町民に与えて改装させたといわれています。

高岡御車山は全部で7基。その構造は「地山」「飾り山」に区分することができます。「地山」には、二重または三重台八車の4枚の車輪があります。この車輪は欅製の車軸でつながれ、車軸には轅(ながえ)が取り付けられ、これで曳き回す構造となっています。

古代信仰では、神は天上にあり、祭りに際して降臨を願うものとされていました。臨時に祭壇を作ってそれを「依代(よりしろ)」として高いところから降りてきたのです。そして、一年の豊饒を祈る祭礼が終わると神はただちに帰っていきました。御車山には、このような日本古来の「神迎え(かみむかえ)」の要素が備わっています。御車山の曳き回しは、降臨した神々の巡行を表現し、古代の信仰のかたちを今に伝えています。

「高岡御車山」は重要有形民俗文化財に、「高岡御車山祭の御車山行事」は重要無形民俗文化財に指定されています。また、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

高岡關野神社(高岡関野神社)
◇富山県高岡市末広町9-56
◇公式サイト:https://www.takaokasekinojinjya.com

◆高岡御車山会館:https://mikurumayama-kaikan.jp
◆高岡御車山保存会:https://www.mikurumayama.jp

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

GWのさなかで見物人や観光客が多く、高岡の人口は一時的にかなり増えるそうです。7基の山車も勇壮で一見の価値ありで見ものです。日差しが強くなるころですので、紫外線対策もお忘れなく。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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