2026.07.09
7月
雑節・歴注・撰日

令和8年(2026)7月16日「閻魔まいり」「賽日(さいにち)」「藪入り(やぶいり)」です。

■7月16日7月16日「閻魔まいり」「賽日(さいにち)」「藪入り(やぶいり)」です。■

◆「閻魔まいり」「賽日」

毎月16日は「閻魔(えんま)」の縁日です。なかでも正月16日と7月16日は、閻魔の「賽日(さいにち、さいじつ)」といわれ、「地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日」とされます。

この日、寺院では「閻魔堂(えんまどう)」を開帳し、参詣者は「十王図(じゅうおうず)」や「地獄変相図(じごくへんそうず)」〔※〕を拝観できます。1月16日と7月16日に閻魔堂に参詣することを「閻魔まいり」「閻魔詣(えんまもうで)」といいます。「十王詣(じゅうおうもうで)」とも。

「エンマ」は梵語で「手綱」「制御」「禁止」などの意。閻魔は人類最初の死者とされ、そのため大変苦労して「天国(極楽)」を発見し、そこの王になったといわれます。やがて、そこへ多くの死者がやって来ます。なかには悪い人間もいたので、「冥界(冥府、冥土)」に来た死者を裁き、悪いひとを地獄へ収容するようになったのだそうです。

ひとは死後、「初七日」から7日ごとに裁かれ、35日目には「六道(ろくどう、りくどう)」のどこに生まれ変わるかを閻魔が決定します。「六道」とは地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の6つの世界のことで、すべての衆生が生前の業(ごう)によって生死を繰り返す迷いの世界とされています。

※「十王図(じゅうおうず)」や「地獄変相図(じごくへんそうず)」:道教や仏教において、ひとが死後、亡者となって行く「冥土(めいど)」で、亡者の罪を裁く10人の王を総称して「十王(じゅうおう)」といい、十王にはそれぞれ「本地仏(ほんじぶつ)」(神の正体とされる仏)があります。

 秦広王(しんこうおう)[本地仏:不動明王
 初江王(しょこうおう)[本地仏:釈迦如来
 宋帝王(そうていおう)[本地仏:文殊菩薩
 五官王(ごかんおう)[本地仏:普賢菩薩
 閻魔王(えんまおう)[本地仏:地蔵菩薩
 変成王(へんじょうおう)[本地仏:弥勒菩薩
 泰山王(たいざんおう)[本地仏:薬師如来
 平等王(びょうどうおう)[本地仏:観音菩薩
 都市王(としおう)[本地仏:勢至菩薩
 五道転輪王(ごどうてんりんおう)[本地仏:阿弥陀如来

「十王図(じゅうおうず)」は、亡者が十王に裁かれる様子を描いたものです。「地獄変相図(じごくへんそうず)」は、亡者が地獄で様々な責め苦にあう様子を絵に表したもので、「地獄変」「地獄絵」などともいいます。

◆「藪入り(やぶいり)」

旧正月16日と7月16日の年2回、奉公人が休暇をもらって実家に帰ることを「藪入り(やぶいり)」といいました。

むかし、商家の息子たちは口減らしも兼ねて、また商売の修行のために、良商、良工のもとへ「奉公」に出ました。家内でできる工業としては、くず繭の糸紡ぎぐらいでしたし、勤め人になるのは官員になるぐらいでしたので、小学校や高等小学校を卒業すると「丁稚(でっち)」に出たものです。

正月元日は奉公人も新年を祝いますが、はやくも2日から初荷や初売りで忙しく、休みがありません。そこで15日の小正月をすますと、奉公人たちは少々の給金や小遣いを貰い、真新しい着物を身に着けて、主人から持たされた土産を携えて実家に帰るという習慣がありました。

実家では、両親が、奉公先での苦労を労い、ご馳走を準備して、里帰りした子どもに休養を取らせました。実家に帰らない者は、墓参りや親類を訪問したあと、日暮れまで芝居や寄席を見物するなどして楽しみました。藪入りの前の晩は「夜中眠れない程の楽しみ」(江戸府内絵本風俗往来)だったそうです。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

令和の現代では丁稚や奉公にまつわる習慣は忘れ去られつつあります。いつの時代もよい環境の職場と、よい先輩に恵まれることが大切ですね。時代は変わっても職場の雰囲気や仕事に対する情熱は、次の世代に伝えていきたいものです。
暑さ厳しい7月後半です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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