2026.09.02
9月

令和8年(2026)9月9日 滋賀、多賀大社「九月古例祭」古知古知相撲(こちこちずもう)です。

■9月9日 滋賀、多賀大社「九月古例祭」古知古知相撲(こちこちずもう)です。■

滋賀県犬上郡多賀町(いぬかみぐんたがちょう)に鎮座する「多賀大社(たがたいしゃ)」は、古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県で最も有名な古社です。式内社で、旧社格は官幣大社。

ご祭神として、日本の国土や神々を生んだ

「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)」
「伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)」

の2柱を祀ります。『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海(あふみ)の多賀に坐(いま)すなり」とあります。多賀町は、古今を通じイザナギ・イザナミの2大神を祀る多賀大社を中核として発展してきました。

奈良・平安時代には公家の信仰篤く、鎌倉から江戸時代にかけては武家からの信仰も集めました。明応3年(1494)近江国守護「六角高頼(ろっかくたかより)」により神宮寺として天台宗の「不動院」が建立されました。その後、不動院の下の観音院、般若院、成就院の坊人(ぼうにん)たちの活発な布教により、延命長寿を祈る神仏習合の信仰「多賀信仰(たがしんこう)」が全国各地に広まり、伊勢や熊野にならんで多くの参詣者を集めました。「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」との俗謡も。

「莚命長寿の神」「縁結びの神」として信仰を集める「お多賀さん」。延命利益のあるとされる「お多賀杓子」のお守りも人気です。「お多賀杓子」は、第44代「元正天皇(げんしょうてんのう)」が病に伏したとき、多賀大社神主がおこわを炊いて、シデの木で作った杓子とともに献上したところ、天皇はたちまち治癒したという故事にちなんだ木製のしゃもじです。

杓子を作った木の余りを地に挿して育ったと伝わるのが、多賀大社から南西500mほどの水田地帯に生えている2本の欅(けやき)の大木です。2本の欅は「飯盛木(いもろぎ)」という名前で呼ばれ、多賀大社の御神木とされています。

拝殿東回廊のわきには、「寿命石」と呼ばれる石の史跡があります。この石には、平安時代後期から鎌倉時代初期の高僧「重源(ちょうげん)」にまつわる伝説があります。治承4年(1181)の「南都焼討(なんとやきうち)」で東大寺は主な伽藍のほとんどを焼失してしまいました。翌年、重源は「後白河上皇(ごしらかわじょうこう)」より大勧進職(だいかんじんしょく)を拝命し、東大寺復興に尽力。当時、61歳だった重源は多賀大社に参籠、20年の延命を感得し、大業を成したと伝わります。そのとき重源が背負っていた背負子をこの石の上に下ろして休んだといわれます。

◆九月古例祭(くがつこれいさい)

「九月古例祭(くがつこれいさい)」は、4月の「古例大祭(多賀まつり)」に次ぐお祭りで、豊年満作を感謝する秋祭りです。このお祭りでは、古来より伝わる神事相撲(しんじずもう)「古知古知相撲(こちこちずもう)」が奉納されます。

社伝によると、「応神天皇(おうじんてんのう)」の御代、「多賀大社」の神主家犬上氏の「高井主男枝尊(たかいぬしおぎのみこと)と「都恵神社(つえじんじゃ)」(滋賀県彦根市)の神守「事主美尊(ことぬしみのみこと)」が力を合わせて「伊吹山(いぶきやま)」「八岐大蛇(やまたのおろち)」を退治した日が9月9日でした。その古事を偲んで相撲をとるようになったそうです。

本殿祭のあと、御旅所まで騎馬など約200名のお渡りが行なわれます。境内に設けられた土俵では、氏子の青年たちが東西に分かれて三番勝負を行ない、今後の豊凶を占います。東方が勝てば豊作になると伝わります。

多賀大社
◇滋賀県犬上郡多賀町多賀604番地
◇名神「彦根IC」から10分
◇名神「湖東三山スマートIC」から15分
◇JR「彦根駅」乗り換え 近江鉄道「多賀大社前」駅下車 徒歩10分
◇公式サイト:https://www.tagataisya.or.jp

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

4月の「古例大祭(多賀まつり)」は、さながら歴史絵巻の様相です。「九月古例祭」では、神事相撲の奉納が行なわれます。「古知古知」というユニークな名称は「古い出来事を偲ぶ」という意味だそうです。
季節を重視する農事の暦は、ほとんどの現代人にはピンとこないかもしれません。古来からの行事を毎年繰り返し行なうなかで、その年の収穫に感謝し、来る年の豊作を祈ることは、心のゆとりをもたらしてくれます。
筆者敬白

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