■11月28日「親鸞聖人忌」です。■
浄土真宗の宗祖「親鸞(しんらん)」は、弘長2年(1262)11月28日、「善法院(ぜんぽういん)」にて、行年90(満89歳)をもって入滅。親鸞の弟の尋有(じんう)や末娘の覚信尼(かくしんに)らが臨終を看取ったとされています。遺骨は、鳥部野(とりべの)北辺の「大谷(おおたに)」に納められました。流罪より生涯に渡り、非僧非俗(ひそうひぞく)の立場を貫いた親鸞聖人の入滅でした。
荼毘の地は諸説ありますが、『御伝鈔(ごでんしょう:『本願寺聖人伝絵(ほんがんじしょうにんでんね)』)』〔※〕には、京都市東山区あたりの「鳥部野(とりべの)」の南の辺、延仁寺(えんにんじ)に葬りしたてまつる」と記されています。
◆報恩講
11月21日から28日、真宗本廟「報恩講(ほうおんこう)」が執り行われます。祖親鸞聖人の祥月命日までの1週間に毎年勤められる法要で、真宗門徒にとってもっとも大切な仏事です。親鸞聖人の教えに遇い、自らの依りどころを教えていただいた御恩に報謝し、教えを聞信(もんしん:よく聞いて疑わず信じること)して、ともに念仏申す身となっていくことを誓う法要とされています。
25日、親鸞聖人の生涯を著した『御伝鈔』を拝読します。御祥月命日の28日、「御満座(ごまんざ、親鸞の命日のこと)」には、体を力強く前後左右に動かしながら念仏と和讃がよまれる「坂東曲(ばんどうぶし)」〔※〕が勤まります。
※『御伝鈔(ごでんしょう)』::鎌倉時代の仏教書。2巻または4巻。「覚如(かくにょ)」〔※〕著、永仁3年(1295)成立。覚如上人が親鸞聖人の行実を絵詞(えことば)で記した『本願寺親鸞伝絵(ほんがんじしょうにんでんね)』から、詞書(ことばがき)を抄出したものを『御伝鈔』、絵だけを掛け軸にしたものを『御絵伝(ごえでん)』といいます。報恩講では、『御絵伝』を掲げながら『御伝鈔』を拝読します。
※覚如(かくにょ):鎌倉時代末期から南北朝時代の浄土真宗の僧。親鸞の曾孫にあたります。
※坂東曲(ばんどうぶし)::東本願寺の法要・報恩講での行事。僧侶が上体を揺らして念仏を唱えます。親鸞が越後へ流罪になった際、荒波に揺れる船の中で一心に念仏を唱え、船の中で体が揺れた逸話に由来します。他の浄土真宗宗派では見られない東本願寺独特のものです。
真宗大谷派「東本願寺」
◇京都市下京区烏丸通七条上る
◇JR「京都駅」徒歩7分
◇地下鉄「五条駅」徒歩5分
◇京都市バス「烏丸七条バス停」徒歩1分
◇公式サイト:https://www.higashihonganji.or.jp
◆「報恩講」(東本願寺):https://www.higashihonganji.or.jp/lp/houonkou/
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
東本願寺報恩講の最終日が親鸞聖人忌で臨終です。親鸞の信念を貫く生き方には、私たち常人を超えた強さがあったのは言うまでもありませんが、凡夫といえどもその確固とした姿勢を見習わなければいけません。
季節の変わり目です。皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白