2025.05.08
5月
記念日・~の日・~週間

令和7年(2025)5月15日「沖縄本土復帰記念日」です。

■5月15日「沖縄本土復帰記念日」です。 ■

大東亜戦争(第二次世界大戦)の終結後の昭和26年(1951)、日本は「サンフランシスコ講和条約」によって主権を回復しましたが、沖縄は日本から切り離されアメリカの統治下のままでした。通貨はドルに切り替えられ、自動車は右側通行になり、沖縄を出る時にはパスポートを必要としました。

アメリカに統治され続けていた沖縄は、昭和46年(1971)に結ばれた「沖縄返還協定(琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定)」により、翌年の昭和47年(1972)5月15日午前0時をもって、アメリカ合衆国から日本への「沖縄返還」がなされました。実に27年ぶりに、47都道府県のひとつとして「沖縄県」が復活したのです。

昭和40年(1965)8月、戦後の総理として初めて沖縄を訪問した佐藤栄作(さとうえいさく)総理大臣は、沖縄問題の解決に意欲を示しました。昭和44年(1969)11月、訪米した佐藤栄作総理大臣とリチャード・ニクソン大統領との「日米首脳会談」で、昭和47年(1972)中の沖縄返還実現について原則的合意が成立しました。昭和46年(1971)6月17日、日本の東京とアメリカのワシントンD.C.で、衛星テレビ中継されるなか、「沖縄返還協定」の日米同時調印が行なわれました。

返還後の課題は多く、日本政府側は「本土並み」の復帰を目指しましたが、実際には米軍統治時代から続く基地問題や不発弾の問題、「日米地位協定」の問題は、依然として解決されていません。

沖縄は国内唯一の地上戦「沖縄戦(おきなわせん、琉球語 Ucinaaikusa ウチナー)」が繰り広げられた地です。戦争で取られた領土が戻ってきたことは本当に稀なことで大変嬉しいことですが、戦争が終わっても沖縄の地理的な条件の良さがアメリカ軍の拠点として使用されることになってしまいました。令和2年(2020)現在、沖縄県には31の在日米軍基地があり、米軍専用施設の面積は沖縄県の総面積の約8.1%を占めています。次に割合の高い神奈川県でも0.61%と、沖縄の負担の大きさを物語っています。

沖縄県は、日本の最南端に位置し、九州と台湾のほぼ中間にあります。東西約1000km、南北約400kmにわたる約160の島々からなる日本唯一の「島嶼(とうしょ)県」です。年間の平均気温は22.7度。「サンゴ礁」に囲まれた島と、独特の生態系を持つ森が特徴的です。「沖縄」は「オキ・ナ・ハ」と言う3つの言葉から構成されています。「オキ(海の沖)」「ナ(魚)」「ハ(場)」、つまり、「沖にある漁場」が語源とされています。

令和4年(2022)5月15日、「沖縄復帰50周年記念式典」が行なわれました。コロナ禍による外出自粛のもと、天皇陛下がオンラインでお言葉を述べられ、そのなかで、陛下は「美しい海をはじめとする自然に恵まれ、豊かな歴史、伝統、文化を育んできた沖縄」と表現されました。「琉球王国(りゅうきゅうおうこく)のグスク及び関連遺産群」は世界遺産に、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は世界自然遺産に指定されています。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

忘れてはいけない歴史が刻まれている沖縄の返還。太平洋戦争(大東亜戦争)は終わったという佐藤栄作首相の言葉が思い出されます。どうやら日本国内には、沖縄の基地を移転させたくない勢力があるようで、佐藤首相の志が霞んでしまいます。沖縄では普天間基地の辺野古移転について反対運動を近隣国外勢力が陰で先導しているようです。平和的に移転してもらいたいものです。
東京でももうすぐ梅雨、季節の変わり目です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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