■5月15日「沖縄本土復帰記念日」です。■
大東亜戦争(第二次世界大戦)の終結後の昭和26年(1951)、日本はサンフランシスコ講和条約によって主権を回復しましたが、沖縄は日本から切り離されアメリカの統治下のままでした。
通貨はドルに切り替えられ、沖縄を出る時にはパスポートを必要としました。アメリカに統治され続けていた沖縄は、昭和46年(1971)に結ばれた「沖縄返還協定」により、翌年の昭和47年(1972)5月15日午前0時をもって、アメリカ合衆国から日本へ返還されました。
返還後の課題は多く、日本政府側は「本土並み」の復帰を目指しましたが、実際には30以上の米軍基地や弾薬庫、演習場などが残され、沖縄本土の約20%をしめる米軍基地が、ベトナム、中東などの戦役の拠点として引き続き使用されているのです。宜野湾市市街地にある普天間基地の移転計画も進展していないのが事実です。
沖縄は国内唯一の地上戦が繰り広げられた地です。戦争で取られた領土が戻ってきたことは本当に稀なことで大変嬉しいことですが、戦争が終わっても沖縄の地理的な条件の良さがアメリカ軍の拠点として使用されることになってしまいました。
沖縄県は、日本の最南端に位置し、九州と台湾のほぼ中間にあります。東西約1000km、南北約400kmにわたる約160の島々からなる日本唯一の島しょ県です。年間の平均気温は22.7度。サンゴ礁に囲まれた海と、独特の生態系を持った森が特徴的です。
「沖縄」と言うのは「オキ・ナ・ハ」と言う3つの言葉から構成されています。「オキ=海の沖」「ナ=魚」「ハ=場」の意。つまり「沖にある漁場」が語源とされています。
令和4年(2022)5月15日は沖縄復帰50周年記念式典が行なわれました。コロナ禍による外出自粛のもと、天皇陛下はオンラインでお言葉を述べられました。
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
忘れてはいけない歴史が刻まれている沖縄の返還。太平洋戦争(大東亜戦争)は終わったとコメントした佐藤栄作首相の言葉が思い出されます。どうやら日本国内には、沖縄の基地を移転させたくない勢力があるようで、佐藤首相の志が霞んでしまいます。沖縄では普天間基地を辺野古移転を、近隣国外勢力が反対運動を陰で先導しているようです。平和的に移転してもらいたいものです。
東京でももうすぐ梅雨、季節の変わり目です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白