■3月7日 日本三大奇祭 越後浦佐毘沙門堂「裸押合大祭」です。■

「越後浦佐 毘沙門堂(えちごうらさ びしゃもんどう)」(普光寺:ふこうじ)境内で行なわれる「裸押合大祭(はだかおしあいたいさい)」は「日本三大奇祭」のひとつに数えられ、裸祭り、夜祭りとして古くから知られます。その昔は毎年正月3日に行なわれていましたが、明治6年(1873)から3月3日に行なわれるようになり、令和2年(2020)より3月第1土曜日に開催されています。

越後浦佐の毘沙門堂は、今から1200年前、将軍「坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)」がこの地に御堂を建て守護の「毘沙門天(びしゃもんてん)」を祀ったことが起源と伝わります。
「裸押合大祭」は、将士や村長(むらおさ)、村人とともに国家安泰、五穀豊穣、家内安全、身体健康を祈り、祝宴のなかで歌い踊って士気を鼓舞したことに始まります。
毘沙門堂に安置された毘沙門天御本尊の御開帳に、我先に参拝しようと押し合いになったのが「裸押合大祭」のきっかけになったといわれています。遠くから峠を越え、三日三晩かけて参拝する人びとで賑わい、信者は「水行(みずごり)」をして身を清め、その年の「除災招福」を祈願しようと押合いもみ合い本尊に参前します。

これが現在の「裸押合大祭」となり盛大かつ厳粛に行なわれます。当日は深雪のなかで冷水を浴びた男衆が、毘沙門堂内において、五穀豊穣・家内安全・身体健康を願い、ご利益の御札を我先にと奪い合います。
昼間は、境内でお堂の屋根の上や雪で作られたステージ上から丸い紅白の餅がまかれる「福餅撒与(ふくもちさんよ)」(福餅まき)が行なわれ、大勢のひとが詰めかけます。
夕刻になると、護摩修行が行なわれていた本堂内も全ての物が片付けられ、床の上一面に藁が敷き詰められて、境内は勇壮な夜祭りの会場へと姿を変えます。
奉納された大きな「蝋燭(重さ約30~40kg)」を抱えた若者を先頭に、裸に晒しをまいた30人程の男たちが走り込んで来ます。大ローソクを使用する事から「大ローソク祭り」とも呼ばれます。本堂横で列を整え並び直し「サンヨ、サンヨ」の掛け声とともに威勢をあげたあと、本堂前にある池の近くに移動します。提灯を合図に男たちは次々と池に飛び込み身体を清めます。

その後、男たちは掛け声をあげながら本堂内になだれ込み、会場は熱気に包まれます。この押合いと、福餅まきが夜遅くまで続き、年男が「簓(ささら)」(民俗芸能の楽器の一種で、竹の先をこまかく割って束ねたもの)」をすって豊穣を祈願します。この「ささらすり」の神事が行なわれる夜9時過ぎまで、雪で覆われた境内は熱気に寒さを忘れ歓喜する人びとで賑わいます。
越後浦佐毘沙門堂(普光寺)
◇新潟県南魚沼市浦佐2495番地甲
◇JR上越線「浦佐駅」徒歩5分
◇関越自動車道「小出IC」「六日町IC」より車で約15分
◇公式サイト:https://www.bisyamonnosato.com
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
3月3日は「上巳の節句」、雛まつりが全国的な行事です。新潟では3月3日(現在は3月の第1土曜日)の浦佐「押し合い祭」も知られています。文化庁により「記録作成等の措置をすべき無形の民族文化財」と指定されている日本三大奇祭のひとつです。
3月に入ってもまだまだ寒い日が続きます。観光で裸祭りを見に南魚沼にお出かけに際には雪支度をしてお出かけください。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白







