2024.03.16
3月
雑節・歴注・撰日

令和6年(2024)3月20日「彼岸の中日」です。

■3月20日「彼岸の中日」です。■

「彼岸(ひがん)」とは暦上の雑節のひとつです。春は「春分の日」を挟んで前後3日ずつの計7日間、秋は「秋分の日」を挟んだ前後3日ずつの計7日間のことをいいます。彼岸の初めの日を「彼岸入り」といい、中日を「彼岸の中日」、終わりの日を「彼岸明け」といいます。また、彼岸に行われる春・秋の「彼岸会(ひがんえ)」のことを指す場合もあります。

彼岸は、暦の上で昼と夜の長さが等しい春分・秋分の日に真西に陽が沈むことから、仏教の西方浄土と関係づけられたといわれています。

「春分の日」は、お彼岸の中日です。暦の上では「真西」に沈む太陽は、「極楽の東門」に入ると伝えられています。この日の太陽を拝むと、十万億土を隔てた「極楽浄土」の東門を拝むことになります。この極楽が最も近くなる日が「彼岸の中日」と考えられているのです。

この日に故人の霊を供養すると、迷わず極楽浄土に成仏できるといわれていて、死者の冥福を祈り、仏供養、おはぎ(ぼたもち)、草餅、五目ずし、稲荷ずしなどを作ってお墓参りをします。お彼岸には先祖の霊を供養し墓参が行なわれますが、これは日本独自の風習に仏事が結びついた日本独特のものです。

お彼岸の頃になると、寒暑ようやく峠を越して凌ぎやすくなってくることから「暑さ寒さも彼岸まで」という言うように、寒さも峠を越して温和な気候になります。

のちに、道長の子の藤原頼道が天喜元年(1053)に建立した宇治・平等院の鳳凰堂(阿弥陀堂)には、阿弥陀如来像が安置され「極楽いぶかしくば宇治の御堂をうやまへ」といわれました。

平等院の庭と建物は極楽浄土を表し「浄土庭園」と呼ばれます。鳳凰堂の前を流れる宇治川「彼岸の河」に見立てられ、「来世(彼岸)西方浄土(鳳凰堂)」「現世(此岸)宇治川の対岸」という仮想の世界が現されています。彼岸の中日夕刻には鳳凰堂の中央背後(西方)に日が沈みます。

ちなみに平等院鳳凰堂は国宝に指定されています。一万円札の鳳凰図は、鳳凰堂の屋根の鳳凰をデザインしたものです。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

お彼岸の中日です。これを機会に墓参に出向きましょう。
辛いこと、困ったことや、この局面をどう判断するだろうか。など声に出せないものを、墓前で問いかけてみましょう。祖先の叡智が心に届くことでしょう。

読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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