■6月14日「大阪、住吉大社 御田植神事」です。■
摂津国(せっつのくに)一の宮「住吉大社:すみよしたいしゃ」は、全国に約2300社余ある住吉神社の総本宮です。御祭神は「底筒男命:そこつつのをのみこと」、「中筒男命:なかつつのをのみこと」、「表筒男命:うはつつのをのみこと」、「息長足姫命(神功皇后):おきながたらしひめのみこと」。神功皇后摂政11年(211)、この地に鎮斎したと伝わります。
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伊邪那岐命:いざなぎのみこと」は、火神の出産で亡くなった妻「伊邪那美命:いざなみのみこと」を追い、黄泉の国(死者の世界)に行きますが、妻を連れて戻ることは出来ず、地上へ帰ることになりました。そして、その身には穢れを受けてしまいました。その穢れを祓い清める為に、海に入って禊祓いをした時に生まれたのが、ここに祀られる祭神3柱です。
第14代仲哀天皇の妻「神功皇后」は、新羅に出兵する際、住吉大神の守護を受けました。新羅遠征では、大いに国内の平定が出来たため、住吉大神を祀り、自身も息長足姫命として祀られました。
創建は、実際の年代では、干支二運(120年)を繰り下げて5世紀初頭と推測されます。大和政権の玄関口「難波」に鎮座し、遣唐使を始め体陸との渡航を護る「海の神」として称えられてきました。
第一本宮から第三本宮まで縦に、第四本宮は第三本宮の横に並ぶ「縦並び」の建築配置は珍しく、住吉大社だけの配置です。あたかも大海原をゆく船団のように立ち並び、「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」とも言い伝えられています。
御本殿は、神社建築史上最古の様式の「住吉造り」。鳥居は貫の両端が柱から外に出ない「住吉鳥居」で、「角鳥居」とも呼ばれます。
御田植神事は、神功皇后が御田を作らせたのが始まりで、母なる大地に植付けられる苗には、穀霊が宿るものと考えられていました。音楽を奏で、歌を歌い、舞を演じるのは、田や苗に宿る穀霊の力を増すためです。五穀の豊穣を祈る儀式です。
植女や稚児らの行事に関わる人は、祓いを受け身を清め、行列を整えて御田へ向かいます。御神水を御田の四隅に注ぎ清め、早苗の授受が行われます。舞台では舞や踊りが繰り広げられます。
稲作の始まりとともに、「田んぼの神さま」を祭る田植え行事は、全国各地で行われています。なかでも、住吉大社御田植神事では、儀式を略することなく、当時と同じ格式を守り、華やかで盛大に執り行われ、重要無形民俗文化財に指定されています。
住吉大社
◇大阪市住吉区住吉2丁目9-98
◇南海本線「住吉大社駅」徒歩3分
◇阪神高速15号堺線「玉出」出口より
◇住吉大社Web:http://www.sumiyoshitaisha.net/
◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
6月14日に御田植神事です。暦の上では6月10日ごろが入梅でした。一部の地域に集中した雨が降るようです。お出かけの際には雨具の用意を忘れずになさって下さい。東日本大震災の平成23年住吉大社は、鎮座1800年記念大祭でした。住吉大社は神功皇后摂政11年辛卯歳(211)にこの住吉の地に鎮座以来、平成23年をもって1800年となります。記念大祭をご斎行し奉祝行事を執り行いました。
読者の皆様、季節の変わり目です。時節柄お体ご自愛専一の程
筆者敬白