■7月22~24日 愛媛、宇和島「和霊大祭」「うわじま牛鬼まつり」です。■

「和霊神社(われいじんじゃ)」は、宇和島藩(うわじまはん)初代藩主「伊達秀宗(だてひでむね)」の家老で、政敵の陰謀により無念の死を遂げた「山家公頼(やんべきんより)」、通称「山家清兵衛(せえべえ)」を主祭神とする神社です。清兵衛の霊を鎮めるため、承応2年(1653)に建立されました。旧社格は県社。

山家清兵衛は「伊達政宗(だてまさむね)」の家臣でしたが、元和元年(1615)政宗の庶長子「伊達秀宗(だてひでむね)」が宇和島に移封されるのに従い、その家老として藩政を支えました。
当時、宇和島は領主の悪政により疲弊していました、清兵衛は租税軽減や産業振興を行ない効果を上げましたが、元和6年(1620)、藩主秀宗は清兵衛を妬む藩士の讒言(ざんげん=偽り)を信じ、家臣をつかって清兵衛とその息子らを殺害してしまいました。この宇和島藩のお家騒動「和霊騒動(われいそうどう)」「山家清兵衛事件」と呼ばれ、歌舞伎「宇和島騒動」にも取り上げられています。

事件から数年のうちに、清兵衛の政敵たちが不慮の事故で相次いで死亡し、秀宗も病床に伏してしまいました。一連の不幸について人びとは「清兵衛が怨霊となり怨みを晴らしているのだ」と噂しました。承応2年(1653)秀宗は神祗勘請を行なって「山頼和霊神社」とし、清兵衛の霊を慰めました。享保16年(1731)5代藩主「伊達村候(だてむらとき)」が、清兵衛邸跡に「和霊神社」を建立、現在に至ります。
和霊神社は、荘厳な「入母屋造(いりもやづくり)」の本殿と、石造りでは日本一といわれる高さ12m余の「大鳥居」で名高く、四国でも指折りの大社です。
はじめ怨霊として畏怖された山家清兵衛の魂は、慰められて御霊(ごりょう)となり、やがて海上守護神、産業の神として信仰を集めるようになりました。土地の人びとには「和霊さま」と呼ばれ親しまれています。「和霊信仰(われいしんこう)」は、中国・四国地方に広がり、現在も漁業を中心に信仰されています。
◆例祭「和霊大祭」
毎年7月23~24日に行なわれる例祭「和霊大祭(われいたいさい)」は大漁・豊作を祈願するお祭りで、「四国三大夏祭り」のひとつに数えられています。宇和島市中心部を流れる「須賀川(すかがわ)」が松明に照らし出され、山車に次いで神輿が川のなかに走り込み、若者たちが竹の天辺に付けられた御幣を奪い合う「走り込み」は見ものです。
◆◆和霊騒動◆◆

宇和島藩は、慶長19年(1614)に伊達政宗の庶長子「伊達秀宗」が伊予に10万石を与えられて成立しました。政宗は秀宗に「五十七騎」と呼ばれる家臣を重臣として藩を運営させました。そのなかで実質的に藩政を執っていたのが「山家清兵衛」です。
宇和島藩は豊臣時代から領主が頻繁に入れ替わったため、領内は疲弊し財政難でした。そこで、秀宗は父政宗から6万両を借り財政難を乗り切りました。しかし、返済は寛永12年(1635)まで続き、藩にとって負担となりました。
元和5年(1619)大坂城の石垣修復普請を請け負ったことから藩の運営を巡り、山家清兵衛と「桜田元親(さくらだもとちか)」が対立しました。秀宗は、父政宗からの信任が厚い清兵衛を疎んじ桜田元親を重用し、清兵衛は失脚しました。
翌元和6年(1620)6月29日深夜、山家邸が襲撃され、山家一族は皆殺しにされました。秀宗の命により桜田元親が襲撃したと伝わっています。
秀宗はこの事件を幕府にも政宗にも報告しませんでした。これに怒った政宗は、五十七騎のひとり、「桑折左衛門(石母田景頼)」を通じて秀宗を詰問し、謹慎を命じたうえ、幕府に宇和島藩の改易(現職者の任を解き新任者を補任すること)を嘆願しました。
あわてた秀宗は幕府や政宗に釈明の使者を出したり、妻の実家である彦根藩に仲介を依頼しました。宇和島藩は改易を免れましたが、これにより宇和島伊達家は本家と気まずい仲になります。
◆「うわじま牛鬼まつり」

「和霊大祭」と同時に「うわじま牛鬼まつり(うわじまうしおにまつり)」(22~24日)が開催されます。宇和島の町を巨大な「牛鬼(うしおに)」たちが練り歩きます。「うわじま牛鬼まつり」は、昭和25年(1950)に和霊大祭に合わせて始まりました。
「牛鬼」とは、宇和島地方の神社の祭礼に必ず登場する山車の一種です。一説によると、牛鬼の起源は、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の朝鮮出兵の折、加藤清正(かとうきよまさ)が城攻めに使った「亀甲車(きっこうしゃ)」の一種だとされています。
夜には花火が打ち上げられるなど、宇和島の夏祭りはおおいに賑わいます。
和霊神社
◇愛媛県宇和島市和霊町1451
◇「宇和島朝日IC」より車で5分
◇公式サイト:https://wareijinja.fc2.net
◆「和霊大祭 走り込み」(うわじま観光ガイド):https://www.uwajima.org/event/index5.html
◆「うわじま牛鬼まつり」(公式サイト):https://ushioni.gaina.ne.jp
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

疲弊した藩政を立て直そうとした山家清兵衛の寝所を襲い、蚊帳の四方を切って動けなくなった清兵衛を惨殺した藩士が、のちに不慮の事故や原因不明の病気で亡くなっていきます。
政敵の原因不明の事故や突然死の原因は山家清兵衛の無念だと考えた人びとの畏れが、山家清兵衛というひとりの藩士を神へと変えました。
伊達藩に縁のある筆者にも山家公の無念が伝わってきます。ぜひ謂れを知ってから和霊大祭にお出かけください。
酷暑が続いています。熱中症対策をお忘れなきよう。
皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白







