■1月18日「臘日(ろうじつ、ろうにち)」です。■

「臘日(ろうじつ、ろうにち)」は、「具注暦(ぐちゅうれき)」(日の吉凶、禍福、禁忌などを漢字で詳しく書き記した暦書。陰陽寮が作成、発行した)にも記されていた「選日(せんじつ)」のひとつです。神事、結婚には凶とされています。また、竈(かまど)の神を祀り、禊(みそぎ)を行なって穢れを除くといった風習もあったようです。

日については、二十四節気「大寒」にもっとも近い辰の日、「小寒」のあとの2度めの辰の日、「大寒」後の最初の戌の日など諸説あり、また、暦によっては採用していないこともあります。
漢字の「臘」には、
(1)祭りの名前。「臘祭(ろうさい)」のこと
(2)年の暮れ。陰暦12月
(3)冬につくる塩漬けの肉、干し肉
(4)僧の得度後の年数、転じて、年功を積むこと
などの意味があります。
古代中国で、狩をして獲物を捕らえて先祖の霊に捧げる「臘祭」という行事が行なわれていたものが、日本に入るときに「臘祭」の習慣は伝わらず、「臘日」が選日として暦注に残りました。
◆臘月

古代中国の「臘祭」は、歴代王朝によって日取りや呼び名が変わっていますが、いずれにしても「年の終わりの祭り」でした。そうしたところから陰暦12月を「臘月(ろうげつ)」と称し、新年になって前年12月を振り返るとき「旧臘(きゅうろう)」と表現したりします。
旧臘(きゅうろう)押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。犠牲は大きかったがこの災厄が東京市民に与えた教訓もまたはなはだ貴重なものである。―― 寺田寅彦『火事教育』
戯作者山東庵京伝(さんとうあんきょうでん)は、旧臘の中(くれのうち)から筆を染め始めた黄表紙『心学早染草(しんがくはやそめくさ)』の草稿が、まだ予定の半数も書けないために、扇屋から根引した新妻のお菊と、箱根の湯治場廻りに出かける腹を極めていたにも拘らず、二日が三日、三日が五日と延び延びになって、きょうもまだその目的を達することが出来ない始末。―― 邦枝完二『曲亭馬琴』
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
「臘日」のもととなった「臘祭」は、人間が生き延びるために山や海に出て他の生きものを狩り、その生命を犠牲にせざるをえなかった時代の風習でした。便利な世になるにつれ忘れ去られた暦を振り返ることも余裕のひとつです。暦の謂れを知ることで、昔の習慣や生活様式を紐解くなど、生活にもゆとりを持ちましょう。
筆者敬白







