2022.08.13
8月
雑節・歴注・撰日

令和4年(2022)8月16日(旧7月19日) 不成就日(ふじょうじゅび)です。

■8月16日(旧7月19日)「不成就日(ふじょうじゅび)」です。■
文字通り「万事に成就しない日」のことで、事を起こすには良くない日とされます。特に、結婚、開店、命名、移転、契約などによくないとされます。また、この日から諸芸始め、思い立ち、願い事もよくないとされています。

181102_30.jpg宣明暦時代※には、会津暦※で採用されていただけで、貞享暦※(じょうきょうれき=貞享元年(1684)渋川春海※により完成された暦)にも記載されていません。

文政13年(1830)に発行された「選日講訳」※に「今世の人官版の御暦を用ひず六曜不成就日など用ゆるは暦乃有無を知らざるが如し」と書いてあることから、幕府の許可なしで出版された略暦などに記載されて、民間でひそかに用いられていたようです。不成就日は現在の運勢暦※や開運暦※のほとんどに記載されています。

不成就日の日取りは、月の十二支と、日の十二支の、五行の組み合わせを基準に八日間隔で配当されます。節切りではなく、月切り(旧暦の月)です。
191124_26.jpg※旧暦起算のため、1日ずれることがあります。
正月・7月…3・11・19・27日
2月・8月…2・10・18・26日
3月・9月…朔・9・17・25日
4月・10月…4・12・20・28日
5月・11月…5・13・21・29日
6月・12月…6・14・22・晦日

※宣明暦(せんみょうれき):中国暦の一つで、唐の長慶2年(822年)から使用された太陰太陽暦の暦法。 正式には 長慶宣明暦 (ちょうけいせんみょうれき)日本では、平安時代から823年間使用され、貞享2年(1685)に貞享暦に改暦された。
※会津歴(あいづれき):会津若松城の鎮守諏訪神社の神官が賦暦(無償で配る暦)を、隣町の七日町住菊地庄左衛門が売暦(販売する暦)を発行していました。貞享の改暦以前には宣明暦法により独自に編暦、改暦後は幕府天文方からの「写本暦」(頒暦の稿本)に従って製作された。永亨年間(1429~)から「開板」とあり東北一円で頒布されていた。
※貞享暦(じょうきょうれき):貞享暦は、渋川春海の
観測に基づき、中国元代の授時暦に中国と日本の里差(経度差)を補正し、1年の長さが徐々に変化するという消長法を援用して改良した暦法。それまでの宣明暦から貞享元年(1684)10月に改暦の宣下があり、暦号を「貞享暦」と賜りました。それ以前は、春海はこの暦を「大和暦」と称していた。
※渋川春海(寛永16年(1639)~ 正徳5年(1715)しぶかわしゅんかい):
父の死後、襲名して家職を継いで2代目算哲と称した。のち保井、さらに渋川と姓を改める。名の方は「はるみ」または「しゅんかい」。日本では古来中国の宣明暦を採用していたが、日本人の手になる独自の暦法(貞享暦:じょうきょうれき)を作った人物として著名。その功により貞享1年(1684)
初の天文方となる。天地明察(2012年、角川映画)で有名
※選日講訳(せんじつこうしゃく):文政13年(1830)に発行された暦の解釈書籍、中には一粒万倍日・不成就日・八専・十方暮・天一天上・三隣亡・三伏・大犯土・小犯土・臘日などがある。
※伊勢暦(いせこよみ):現在の神宮暦の前身、江戸時代に伊勢神宮の門前で製作し頒布されていた暦
※開運歴(かいうんれき):元伊勢暦を原型として全国に
賦暦(無償で配る暦)された。現在の市販売歴はほとんどが開運歴流れを汲む

◇◇◇◇編集後記◇◇◇◇
不成就日はあまり重要視されていません。暦の上では何事も成就しない日とされていますが、統計的なデータや科学的な根拠に基づく歴注ではありません。日~土の7曜定着前には、不成就日を日曜日同様、休日にしたようです。ひと月に3~4回です。
気のせいかもしれませんが、暦の上の不成就日を休日扱いにすると、とても体調がいい感じがします。気のせいでしょうか。それとも経験的な暦の法則でしょうか?
筆者敬白

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