2026.07.27
8月

令和8年(2026)8月3~5日 滋賀、多賀大社「万灯祭(まんとうさい)」です。

■8月3~5日 滋賀、多賀大社「万灯祭(まんとうさい)」です。■

滋賀県犬上郡多賀町(いぬかみぐんたがちょう)に鎮座する「多賀大社(たがたいしゃ)」は、古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県で最も有名な古社です。式内社で、旧社格は官幣大社。

ご祭神として、日本の国土や神々を生んだ

「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)」
「伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)」

の2柱を祀ります。『古事記』に「伊邪那岐大神は淡海(あふみ)の多賀に坐(いま)すなり」とあります。多賀町は、古今を通じイザナギ・イザナミの2大神を祀る多賀大社を中核として発展してきました。

奈良・平安時代には公家の信仰篤く、鎌倉から江戸時代にかけては武家からの信仰も集めました。明応3年(1494)近江国守護「六角高頼(ろっかくたかより)」により神宮寺として天台宗の「不動院」が建立されました。その後、不動院の下の観音院、般若院、成就院の坊人(ぼうにん)たちの活発な布教により、延命長寿を祈る神仏習合の信仰「多賀信仰(たがしんこう)」が全国各地に広まり、伊勢や熊野にならんで多くの参詣者を集めました。「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」との俗謡も。

「莚命長寿の神」「縁結びの神」として信仰を集める「お多賀さん」。延命利益のあるとされる「お多賀杓子」のお守りも人気です。「お多賀杓子」は、第44代「元正天皇(げんしょうてんのう)」が病に伏したとき、多賀大社神主がおこわを炊いて、シデの木で作った杓子とともに献上したところ、天皇はたちまち治癒したという故事にちなんだ木製のしゃもじです。

杓子を作った木の余りを地に挿して育ったと伝わるのが、多賀大社から南西500mほどの水田地帯に生えている2本の欅(けやき)の大木です。2本の欅は「飯盛木(いもろぎ)」という名前で呼ばれ、多賀大社の御神木とされています。

拝殿東回廊のわきには、「寿命石」と呼ばれる石の史跡があります。この石には、平安時代後期から鎌倉時代初期の高僧「重源(ちょうげん)」にまつわる伝説があります。治承4年(1181)の「南都焼討(なんとやきうち)」で東大寺は主な伽藍のほとんどを焼失してしまいました。翌年、重源は「後白河上皇(ごしらかわじょうこう)」より大勧進職(だいかんじんしょく)を拝命し、東大寺復興に尽力。当時、61歳だった重源は多賀大社に参籠、20年の延命を感得し、大業を成したと伝わります。そのとき重源が背負っていた背負子をこの石の上に下ろして休んだといわれます。

◆万灯祭(まんとうさい)

8月3~5日、湖国夏の風物詩「万灯祭(まんとうさい)」が行なわれます。昭和30年(1955)から続く「祖先のみたま祭り」で、全国から12,000灯余りの提灯が寄せられます。

夕暮れどき、伊邪那岐大神が降り立ったとされる聖地「杉坂山(すぎさかやま)」「御神火祭」が執り行なわれ、浄火が古式により切り出されます。本火が本社に運び込まれ、境内に文字通り「万余の提灯」が灯されます。

伊邪那美大神は、黄泉の国に移って幽世の大神となり、人びとの祖先の御霊を護ってくれるといわれます。「万灯祭」は、伊邪那美大神への「感謝の献灯」を捧げるお祭りです。

期間中、コンサートや「多賀音頭」の総おどり、「近江猿楽(おうみさるがく)」といった催しが開かれます。

多賀大社
◇滋賀県犬上郡多賀町多賀604番地
◇近江鉄道「多賀大社前駅」徒歩10分
◇名神「彦根IC」から10分、「湖東三山スマートIC」から15分
◇公式サイト:https://www.tagataisya.or.jp
◆「万灯祭」:https://www.tagataisya.or.jp/event/mantou/

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

万灯祭はお盆の迎え火が変化したものとの説があります。旧暦でのお盆、八月盆の近い時期です。旧暦では12日が迎え火でお盆に入ります。「一燈照隅 萬燈照國」お盆の時期に叫ばれます。先祖に恥じない生き方をしたいものです。
この時期暴飲暴食で体調を崩すやすいです。
皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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