2025.04.03
4月

令和7年(2025)4月8日「灌仏会(かんぶつえ)」「花まつり」です。

■4月8日「灌仏会(かんぶつえ)」「花まつり」です。■

「潅仏会(かんぶつえ)」とは、4月8日、釈迦の誕生を祝して行なわれる法会のことです。「仏生会(ぶっしょうえ)」「浴仏会(よくぶつえ)」「花会式(はなえしき)」などとも呼ばれます。昭和に入ってから「花まつり」という名称が一般化しました。関東では4月8日、関西では5月8日にそれぞれ行なわれます。

寺院で行なわれる潅仏会では、花を飾った御堂「花御堂(はなみどう)」をつくり、灌仏盤(かんぶつばん)と呼ばれる水盆に誕生仏(たんじょうぶつ)を安置し、竹の柄杓で甘茶(あまちゃ)を注いでお参りします。誕生仏とは、釈迦誕生の仏像のことで「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」といって、手は天を差し、もう一方の手は地を指す姿です。

甘茶をかけるのは、釈迦生誕時に産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注ぎ、産湯に使わせたという言い伝えからです。かつては甘茶ではなく、五香水(ごこうずい)と呼ばれる5種類の香水を用いていました。

参拝者はこの甘茶を竹筒に入れて持ち帰ります。これで墨をすり「虫」の一文字か「昔より卯月八日は吉日よ神さけ虫を成敗ぞする」と書いた紙を便所に張ると蛆が生じないとされていました。明治の頃までは、竹筒を提げて甘茶をもらいに来る子どもたちで賑わい、門前には竹筒を売る店が並んだそうです。

潅仏会はインドから中国を経て日本へ伝わりました。かつてインドでは、この日を聖日とし、釈迦の童形を飾って楽を奏で、香華を焚き、香水で沐浴灌洗(もくよくかんせん)する潅仏の式が行なわれていました。中国でも盛んに行なわれ、日本では推古天皇の時代から行なわれていました。

「潅仏会」を「花まつり」というようになったのは、明治34年(1901)から。戦前は稚児行列・舞踊・礼讃の歌などが披露され、子ども中心の祭礼でした。日比谷公園の花祭りなどが代表的です。

一方、もともと日本には「卯月八日(うづきようか)」といって、旧暦4月8日に山に登り、花摘みや花見をして神を迎える風習がありました。「高花(たかはな)」や「天道花(てんとうばな、てんとばな)」といって、山で摘んできた石楠花(しゃくなげ)や躑躅(つつじ)などを持ち帰り、長い竹の先に結んで庭に立てる習俗もあります。

卯月八日の風習の背景には、田植えの準備に入るころ、「山の神」あるいは「祖霊」が里に降りてきて「田の神」となってとどまり、収穫を終えるころに再び山に帰るという考えがあったといわれています。その神の依代(よりしろ)となるのが花でした。

仏教行事の花まつりは、花に憑依した「田の神」に豊作を祈願する卯月八日の風習に仏教が習合して、今のようなかたちになったと考えられています。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

花まつりは敬虔な仏教徒の簡易的な催しに変化しています。古来の山岳信仰に五穀豊穣を祈願する催しと、釈迦誕生祭とが一緒になったものです。伝えられている主な行事は明治時代に入ってからのものが多く見受けられます。
筆者敬白

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