■3月20日(旧2月2日)「二日灸(ふつかきゅう)」です。■

旧暦8月2日と2月2日に据える「お灸」を「二日灸(ふつかきゅう)」といい、この日にすえる灸はいつもの2倍の効能がある、この日に灸をすえると一年中無病息災に暮らせるなどといわれていました。もともとは、年が明けて初めて据える灸のことをいったようです。

「二日灸」の習慣は、もともと節句の一種だったという説、あるいは中国の「天灸(てんきゅう)」に由来するという説があります。「天灸」は、子どものおでこに「×」や「+」の印を書いて、無病息災を願ったまじないです。灸といえば、そのむかし、「お仕置き」の定番でしたが、「二日灸」も縁起をかつぐまじないでした。
俳句の季語に使われていることからも、「二日灸」が一般的な風習だったと思われます。「春の灸」とも。
二日灸花見る命大事なり ―― 高井几董
かくれ家や猫にもすえる二日灸 ―― 小林一茶
君がため又身のためや二日灸 ―― 俳諧集『桜川』より
「鍼(はり)をうったり、灸をすえたりして刺激をくわえて病気を治療する「鍼灸(しんきゅう)」治療の起源は古く、中国で発達した伝統的な医術です。古代中国の伝説上の君主「黄帝(こうてい)」と、ときの名医たちが幾多の問答を積み重ねるという形式で書かれた古典医書『黄帝内経(こうていだいけい)』には、「陰陽五行説」にもとづく医学の基礎理論と養生法が載っていますが、そのなかには実践的な「鍼灸術」が詳述されています。
日本には仏教とともに伝えられ、欽明天皇の時代、薬書や「明堂図(めいどうず)」などの鍼灸に関する医書が渡来しました。「明堂図」は、中国医学で人体の「経穴(けいけつ」(=つぼ)の位置や「経絡(けいらく)」(=人間の気や血の通り道)を示した図です。
◆貝原益軒の『養生訓』

江戸時代前期から中期、儒学者、本草学者として活躍し、教育家でもあった「貝原益軒(かいばらえきけん)」は晩年、84歳で『養生訓(ようじょうくん)』を出版しました。『養生訓』は、彼の学者人生の集大成となる医学書でもあり、人生論でもありました。そこには人びとの生活にねざした養生の知恵が詰め込まれ、灸の使いかたも詳しく書かれていました。
そのなかの一項目に、脾胃(ひい=胃腸)が弱く食が滞りやすいひとは、毎年2月と8月に灸をするとよい、なぜなら、これは陽気が不足しているからで、こうしたひとには特に灸がよく、火気をもって土気を補うと、脾胃の陽気が発生して循環がよくなり、食欲も盛んになって元気が増えるとあります。さらに、灸をすえる場所は「天枢・水分・脾兪・腰眼・三里・京門・章門」が効果的と書かれています。
◆三里の灸(さんりのきゅう)

「松尾芭蕉(まつおばしょう)」が旅に出るとき、「三里の経穴(つぼ)」に灸をすえたことは『おくのほそ道』の冒頭にも「もも引の破をつづり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月まづ心にかかりて……」と書かれています。「三里に灸のあとのないひととは旅をするな」(なぜならそのひとはあまり旅をせず足が弱いから)ともいわれていました。
「三里(さんり)」のつぼは、膝頭の下の外側寄りにあるくぼんだ場所です。三里は手にもありますが、自分で灸をすえることができて効果もあることから、単に「三里」といえば足の三里を指すのが一般的です。足の三里に灸をすえると、胃腸の働きをよくしたり、ひろく全身の状態を調整する効用があります。
「三里」というつぼの名前は「身体全体を調える」ということから。「3」という数字は「天・地・人」「上・中・下」などのように「総て」を表し、「里」とは「理」のことで「整理する」「筋道を立てて治める」ことを意味します。
二日灸旅する足をいたはりぬ ―― 高浜虚子
現代でも、症状によっては「灸」を施します。しかし、灸は熱く、痕が残ります。そこで、熱さを緩和するための「間接灸」が流行しているようです。ただし、灸は「直接灸」のほうが効果があるらしく、痕を残さず直接すえるのがプロの技だとか。
◆伊吹もぐさ

灸に使う「もぐさ」は、「蓬(よもぎ)」の別名です。灸に使う蓬の葉を乾燥して綿状にしたものを「艾(もぐさ)」と書きます。
小倉百人一首の「かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを」(藤原実方)の「さしも草」とは、もぐさのことで、「いぶき」は「伊吹山(いぶきやま、いぶきさん)」を指しています。
質のよいもぐさといえば「伊吹艾(いぶきもぐさ)」が有名です。ただし、この歌枕につかわれた「伊吹山」が、下野国(栃木県)の伊吹山か滋賀・岐阜県境の伊吹山かは、いずれも薬草の名産地ですが、議論がなされているようです。時代をたどると、下野伊吹山の「伊吹もぐさ」が先に有名になり、滋賀岐阜県境の「伊吹もぐさ」は江戸時代からのようです。現在、もぐさの産地といえば新潟県です。
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
これから春に向かって体が緩む時期に入ります。寒い冬のあいだに硬くなった体をお灸で温めて緩めましょう。体の奥から疲労がとれて新たな力が湧き上がってきます。
寒暖の差の大きい日が続きます。お体ご自愛専一の程
筆者敬白







