2026.01.13
1月
二十四節気

◆二十四節気◆令和8年(2026)1月20日「大寒(だいかん)」です。◆

◆二十四節気◆令和8年(2026)1月20日「大寒(だいかん)」です。◆

令和8年(2026)1月20日10時45分「大寒」です。旧暦12月、丑(うし)の月の中気で、天文学的には太陽が黄経300度の点を通過するときをいいます。冬、最後の二十四節気です。

一年で最も寒い季節で「極寒の絶頂期」になります。「暦便覧」では大寒を「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説いています。

各地で一年の最低気温が記録される頃。大寒の水は腐らないとされていて、昔は保存用として汲み置かれました。そろそろ酒や味噌などの仕込みの時期です。武道では、寒稽古(かんげいこ)〔※〕が行なわれます。

沢は凍り付いていますが、路地では蕗の花〔※〕が咲き始め、ひばりの初鳴きも聞かれる頃。鶏が卵を孵し始めます。「寒の内(かんのうち)」も後半、すぐそこに春が感じられます。

◆「寒の入り」「寒の内」◆

大寒は、小寒から数えて15日目にあたります。小寒から大寒の期間を「寒の入り」といいます。それに大寒から立春までの15日間を合わせた30日間を「寒の内」と言います。昔から酒や味噌などの仕込みの時期とされています。

◆「金の卵」◆

現在のように養鶏技術が進歩して広く普及する前は、鶏が卵を産まなくなる季節がありました。とくに大寒の時期には鶏が卵を産まなくなるので、この季節に鶏が生んだ卵を「金の卵」と呼びました。金の卵を産む鶏は、家族のように大切にされたと伝わります。

昭和世代の「金の卵」といえば、集団就職で上京してくる中学卒業の労働者のことであり、「銀の卵」は同じく高校卒業の労働者のことでした。令和の時代、「集団就職」という言葉自体がもはや使われなくなりました。

言葉は時代とともに変化しますが「金の卵」が、季節には珍しい事柄だったことに、今も昔も変わりはありません。

※「蕗(ふき)」「蕗の薹(ふきのとう)」:キク科フキ属の多年草。冬に黄色い花をつけることから「冬黄(ふゆき)」の略。原産は日本で、水が豊富で風の強くない土地に繁殖します。開花時期は2月10日頃~3月末。春の山菜の代表で、冬眠から目覚めた熊が最初に食べるのが「蕗の薹」です。蕗の薹は、花が咲く前の柔らかいうちに食します。旬の蕗の薹はどのように調理しても美味しいです。花が咲いたあと、地下茎を通じている葉の部分が延びてきます。この葉の茎の部分が「フキ」として食用になります。

※「寒稽古(かんげいこ)」:寒の時期、武道や芸事の修練を行うことをいいます。寒さに耐えながら稽古をすることによって、技術を磨き、精神を鍛えるのが目的です。神道、修験道、仏教などでは「寒行(かんぎょう)」と称して、海や川などの水に入る、滝に打たれるなどの行を指します。

◆◆「七十二候」◆◆

◆初候「款冬華」(かんとう はなさく)
寒さ厳しいなか「蕗の薹(ふきのとう)」がそっと蕾(つぼみ)を出す時候。款冬の花茎を蕗の薹といいます。厳冬に氷を破るように生える様から、大寒の頃に咲く花ですが、春の使者として俳句では春の季語に入れます。
◆次候「水沢腹堅」(すいたく ふくけん)
沢に氷が厚く張りつめる時候。
◆末候「鶏始乳」(にわとり はじめて にゅうす)
鶏が春の気を感じて卵を産み始める時候。鳥が卵を産むこと。

◆◆「大寒」の花◆◆

◇「満作(まんさく)」◇ 学名:Hamamelis japonica マンサク科マンサク属の落葉樹。和名の「マンサク」の由来は、まだ雪の残る季節にいちばんに咲く(まず咲く、真っ先)花ということから付けられた、あるいは、黄色い紐状の花を枝いっぱいに咲かせる姿から「豊年満作」や「万年豊作」にたとえたなどいくつかの説があります。

日本各地の山林、山里の雑木林などに自生します。開花期は2〜3月。黄色い花が房状にたくさん咲き、芳香が漂います。中国原産の「シナマンサク」との交配により、花の色が濃い黄色や赤色、香りのよいものなどの品種も生まれました。葉は縁に波状の鋸歯があり、秋には美しく紅葉します。

晩冬の寒いうちから開花して、春の訪れを告げる木として親しまれ、しばしば庭や公園に植えられています。

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

正月も「二十日正月」「大寒」の頃になると通常の生活に戻っているどころか、もうすぐ2月が訪れます。
節分で次の日が立春です。中国など旧正月の習慣が濃いところは立春の頃「立春大吉」として正月祝いを行う習慣が残っています。

寒さきびしく体調を崩しやすい時期です。
読者の皆様、お体ご自愛専一の程
筆者敬白

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