2024.10.19
10月

令和6年(2024)10月26~27日 宮崎神宮「例祭」「御神幸祭(神武さま)」です。

■10月26~27日 宮崎神宮「例祭」「御神幸祭(神武さま)」です。■

「宮崎神宮(みやざきじんぐう)」は、神武天皇(じんむてんのう)を祀る神社で「神武さま(じんむさま)」と呼ばれ親しまれています。旧社名:「宮崎神社」「宮崎宮」など。

筑紫を開拓した「健磐龍命(たけいわたつのみこと=神武天皇の孫)」の創建。正確な造営時期や由緒は不明ですが、建久8年(1197)地元の地頭・土持太郎信綱により社殿が造営されたと伝わります。

神武天皇に対する崇敬により歴代領主から深い崇敬を集め、明治維新以降は、神武天皇の最初の宮の地として、さらに重視されるようになりました。

明治31年(1898)「神武天皇御降誕大祭会」が組織され、全国から多くの寄付を集めて現在の社殿が整備され「宮崎神宮」と改称。社殿は、伊勢の神宮と同じ神明造(しんめいづくり)です。

御祭神は「神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと=神武天皇)」を主祭神とし、父神「鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあわせずのみこと)」と母神「玉依姫命(たまよりびめのみこと)」の2柱を配祀します。

◆宮崎神宮大祭(みやざきじんぐうたいさい)

毎年10月26日、「例祭」が斎行されます。神武天皇が「八紘一宇の皇謨(はっこういちうのこうぼ)」〔※〕を樹て、日向の国を出立した日を現在の暦にあてはめると10月27日となり、その前日(10月26日)を例祭と定められたと伝わります。その後の土・日曜日は「御神幸祭(神武さま)」が斎行され、神武天皇が東征して大和を平定し橿原宮で即位したこと偲び奉ります。日向の人々はこの祭りのことも「神武さま」と呼んで親しみ、五穀豊穣を祝います。

「神武さま」を自分のお宮として信仰してきた町民が、お宮までの道のりが遠く、親しくお参りすることができないため、「せめて年にいちど御神幸を願って一家をあげて心ゆくまで拝ませてください」という嘆願書を提出したのが祭りの始まりだそうです。

御神幸祭の「御神幸行列」は御獅子を先頭に御鳳輦(ごほうれん)、稚児行列等が荘厳・華麗に、そして御神幸行列に続く「神賑行列(しんしんぎょうれつ)」は、神武天皇東征時の古代船「おきよ丸」や花嫁姿の艶やかな「ミスシャンシャン馬」等が宮崎神宮から御旅所まで練り歩きます。

「御神幸祭」は「宮崎神宮大祭(みやざきじんぐうたいさい)」と銘打たれ、宮崎の秋のイベントであり風物詩となっています。この日は多くの観光客も訪れ、沿道は見物客で賑わいます。

※八紘一宇の(はっこういちうのこうぼ):神武天皇が大和橿原(やまとかしはら)に都を定めたときの神勅に「六合(くにのうち)を兼ねてもって都を開き、八紘(あめのした)をおおいて宇(いえ)と為(せ)んこと、またよからずや」(『日本書紀』)とあることから、「全世界を一つの家にすること」を意味する。「皇謨(こうぼ)」は「天皇が国家を統治する計画」のこと。

宮崎神宮
◇宮崎県宮崎市神宮2丁目4-1
◇JR日豊本線「宮崎神宮駅」徒歩10分
◇公式サイト:https://miyazakijingu.or.jp

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