2024.10.06
10月

令和6年(2024)10月13日 和歌山、竈山神社(かまやまじんじゃ)「例祭」です。

■10月13日 和歌山、竈山神社(かまやまじんじゃ)「例祭」です。■

「竈山神社(かまやまじんじゃ)」は、神武天皇の長兄である「彦五瀬命(ひこいつせのみこと)」を祀る神社です。「五瀬(いつせ)」「神稲」のことで、五瀬命は「穀物や食料の神」を意味すると『古事記伝』(『古事記』の註釈書)では解しています。

式内社で、旧社格は官幣大社。「釜山神社」と表記されることも。本殿裏に彦五瀬命の墓があります。神仏霊場巡拝の道第8番(和歌山第8番)。

神武天皇ら弟たちとともに東征に向かった彦五瀬命は、難波の白肩津(しらかたのつ)で登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)に敗れ負傷。「吾は日の神の御子として、日に向ひて戦ふこと良からず云々」として南下しましたが、紀国の男之水門(おのみなと)に着いたところ、その傷がもとで亡くなってしまいます。

『古事記』には、紀伊国竈山に墓が作られたとあります。『紀伊続風土記(きいぞくふどき)』によれば、ここが竈山の地であり、墓が作られてすぐに、神社が作られたとあります。

天正13年(1585)羽柴秀吉の紀州根来衆攻めにより社宝・古文書等を焼失。社領も奪われて荒廃しましたが、慶長5年(1600)紀伊国に入国した浅野幸長(あさのよしなが)が小祠を再建。寛文9年(1669)紀伊国和歌山藩初代藩主の徳川頼宣(とくがわよりのぶ)が社殿を再建しました。

明治に入り、宮内省管轄の「彦五瀬命墓」と、竈山神社が正式に区分されました。
明治14年(1881)村社に列格しましたが、「神武天皇の兄」を祀るという由緒をもって社殿が整備され、明治18年(1885)官幣中社に、大正4年(1915)には官幣大社に異例の昇格を果たし、現在は神社本庁の別表神社(べっぴょうじんじゃ)となっています。

竈山神社
◇和歌山県和歌山市和田438
◇和歌山電鐵貴志川線「竈山駅」徒歩15分
◇公式サイト:https://www.kamayama-jinja.com

◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆

彦五瀬命は神武天皇の長兄で、墓所がこの地にあります。歴史研究が進んで、重要な土地と判明しました。竈山神社は竈山墓(かまやまのはか)の南麓に鎮座し、いまも彦五瀬命の神霊を祀っています。
皆さんの土地も何らかの由緒があるかもしれません。風土史を調べてみるのも、お住まいの土地に馴染むことなのでしょう。
読者の皆様、時節柄お身体ご自愛専一の程
筆者敬白

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