■1月29日(旧十二月二七日)「三隣亡」(さんりんぼう)です。■
もともと三隣亡は、暦注下段に吉凶日の中にある「凶日」の一つ。この日に棟上げ、建築を行うと、三軒隣まで焼き滅ぼす(※保呂風日/滅ぼす日)とされ、建築に関する良くない日(※凶日)とされます。
江戸時代の雑書などには「三輪宝」※と記され、「屋立てよし、蔵立てよし」と書かれていて、もともと目出度い日でした。これがいつ頃からか「屋立てあし、蔵立てあし」に変わってしまいました。
このように由緒のはっきりしない暦注※ではありますが、六輝(現在の曜日)※とともに江戸時代~幕末の庶民の間で流行し、明治時代の「おばけ暦」※に記載されていました。現在では、どの暦にも「三隣亡」は記載されています。
三隣亡の日取りは、節切りで決まっています。節切りとは、二十四節気を基にした選日法の一つです。
・正月…亥の日 ・2月…寅の日 ・3月…午の日
・4月…亥の日 ・5月…寅の日 ・6月…午の日
・7月…亥の日 ・8月…寅の日 ・9月…午の日
・10月…亥の日・11月…寅の日・12月…午の日
※保呂風日(亡ぼす、滅ぼす):とは、宣明暦(せんみょうれき)※の時代に、伊勢暦(いせこよみ)※などにあった暦注※の下段に記載されていた。
※三輪宝(さんりんぼう):天・地・人の三角点には宝が存在するとされること、転じて暦注ではよい日(吉日)だった。
※宣明暦(せんみょうれき):中国暦の一つで、唐の長慶2年(822年)から使用された太陰太陽暦の暦法。 正式には 長慶宣明暦 (ちょうけいせんみょうれき)日本では、平安時代から823年間使用され、貞享2年(1685)に貞享暦に改暦された。
※伊勢暦(いせこよみ):現在の神宮暦の前身、江戸時代に伊勢神宮の門前で製作し頒布されていた暦
※凶日(好ましくない日):とは、不成就日(ふじょうじゅにち)、受死日(じゅしにち)、十死日(じゅうしにち)、帰忌日(きこにち)、重日(じゅうにち)、復日(ふくにち)、天火日(てんかにち)、地火日(じかにち)、三隣亡(さんりんぼう)、三箇の悪日(大禍日(たいかにち)、狼藉日(ろうじゃくにち)、滅門日(めつもんにち))などがある。
※六輝(ろっき):現在の暦の月・火・水・木・金・土・日のことで、六曜(ろくよう、りくよう)とも
※暦注(れきちゅう):暦に記載される日時・方位などの吉凶、運勢などの事柄のこと
※お化け暦(おばけごよみ):明治~昭和にかけて、民間で発行された暦書(カレンダー)のこと、明治5年(1872)の改暦詔書で官暦(本暦・略本暦)では、それまでの日の吉凶などを示す暦注が迷信として排除、旧暦併記も取りやめとなったため、これらを求める庶民に歓迎された暦のこと
◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆
建築関係者方々には大凶日とされていますが「高い所へ登ると怪我をする」とか、「引越しは火事になる」などといわれますので、迷信だと気にしないよりも、先人の経験だと理解して、注意するに越したことはありません。また、三隣亡の日には結納や建前、開店などは避けた方がいいでしょう。安全や無事は無理をしないことだ第一です。